薄暗いダンジョンを、遺跡調査隊の7人が進んでいた。先頭にウェイとホンリェ、後方にジャレンを配し、3人の魔法戦士に囲まれる形でシミズ、マクレーン、イエ、そして亞紗が固まって歩く。

 道はひたすらにまっすぐ。奥のほうまでは即席で作ったたいまつの明かりも届かない。

「大迷宮いうたら、どえらく複雑に入り組んだとこやって、思ててんけど……」

 東の大陸、ジュデンの東にある超巨大一枚岩、通称大岩塊。その中には、世界最大規模のメイズがあり、これより大きなものは確認されていない。

 ウェイたちはここまでまっすぐにしか歩いていない。枝分かれした道も、何かありそうな扉も、何も存在しなかった。あるのは、前方へ進む道のみ。

「と、なると。ここは大岩塊のメイズとは直接関係のないものということになるのかな?」

「どうでしょう。大岩塊の通路を利用したものかもしれませんね」

 マクレーンとイエが、そんな感想を述べる。

「まっすぐのほうがええやん。面倒も無いし……」

 隊長のホンリェがいかにも気弱そうに言う。暗いところが苦手な彼女は、ウェイと並んでおっかなびっくり先頭を歩く。魔物でも現れようものなら、ウェイが剣を抜くより早く彼に抱きつくだろう。配置としては失敗だが、後ろに果てしない闇を背負う後衛は余計任せられないと判断され、結局ウェイの横に付くに至ったのだ。

「扉とか開けて、変な魔物とか出てきたらおっかないやんか〜」

「バカだな、ホンリェ。ダンジョンとお宝は1セットなんだぞ?お宝の無いダンジョンなどダンジョンにあらず……あるアイテムマニアな冒険者の名言だ」

 ジャレンの方は、ひたすらまっすぐのみが続くこのダンジョンに、いい加減飽きがきたようだ。なにせ、もう四半刻以上もただ歩いているのだ。めまぐるしく風景の変わる屋外の道中ならそれほど苦にもならなかったが(なにせ、自分たちの育ったエリクシアとは植生も街道の色も違う別の大陸だ)、ここでは進めど進めど目に入る風景が変わることがない。体力的な消耗よりも、精神的な消耗のほうが大きい。

 ここまでは明らかに、どこかの部屋へ通ずる扉などはなかった。壁を丹念に調べていけば何か見つけることができたかもしれないが、確信もないし、それを調べる技能を持つ人材もいない。

 結局彼らにできることは、目に見える道をひたすら進むことだけだった。

 しかし、シミズの歩みには、焦りや迷いはない。まっすぐ進んだ先に、己の求めるものがあると確信しているかのようだった。高名な学者ならではの余裕のようなものか、とウェイは思った。

「それにしても、俺たちだけでこんな奥まで入ってよかったんすか?ジュデンの兵士やらに報告して兵士を護衛につけてもらったほうが良かったじゃ……」

「いらぬ迷惑になると思いましてね。遠慮させていただきましたよ」

 にこりともせずに、そういう。

「ジュデンの兵士なんていいようにこきつかってやりゃあいいのに」

「教授が必要あらへん判断したんや。いらんこと言いなや」

 そうは言ったものの、ウェイもジャレンとは同意見だった。まだ未調査の、得体の知れないダンジョンの奥へ進むのだ。

だが、同時に、その危険に備えるための自分たちだ、という思いもあり、どちらかと言うとそちらの方が強い。バスタードファクトリーを卒業した後は、エリクシアを守る使命を負った魔法戦士となるのだ。恐れもあったが、他国の戦士などに頼りたくないというプライドが勝った。

若者達の言葉に、シミズはそちらを振り向きもせず答える。

「心配ない。それほど危険とは、私は考えていない」

「心配ない、ですか」

 偉い学者先生の言葉となると、無条件に信じてしまいたくなるものだ。だがそれより……、

(1度来たことでもあるみたいに言うな、このひと)

 まさかとは思いながら、そんなことを考えてみる。

しかしその短い思案は、唐突に途切れる

「教授、どうやら終点のようです」

 前方で、たいまつの光を返すものがある。炎の明かりを浴びて黒光りする巨大な鉄扉が、彼らの目に入った。

 7人は扉の前で歩みを止める。

「ダンジョンの奥の仰々しい扉いうんは、魔法の扉がお決まりやけど」

「魔法の扉やなくても、こない重そうな扉開けられへんて

 ホンリェが体重を乗せて扉を押す。しかし、扉は微動だにしない。ウェイも試しに押してみるが、動きそうもない。

 シミズが扉の正面に向き合い、口を開く。

「お決まりの、魔法の扉だよ。ただし、人が作ったものではない……亞紗姫」

 呼ばれた亞紗は、シミズに並んで扉の前に立つ。

そして、おもむろに右手を扉にあてる。すると、鉄の扉が地を擦る音を立てながら、奥へ開いた。

(王族に迎え入れられた末姫の力、いうやつなんか……?)

 特に呪文を唱えたわけでもない。彼女の右手が触れただけで、扉は彼女に従順な生き物のようにその口を開けた。

 開いた扉の先には、全く別の空間が広がっていた。そこは、昼間のような光に満ちていた。だが、そこは外ではなかった。

「わあ……」

長く暗い一本道のダンジョンの先には、魔法の光に満ちた空間があった。レンガを積み上げて作られた巨大な半球状の天井がある空間。広さは、大きな街の広場くらいはある。中央にはちょっとした背の高さの祭壇がそびえ、その周りを、淡い光を放ついくつも魔力の固まりが上下へゆっくりとゆれていた。

「祭壇のようですね」

 イエは半球の空間を見回し、そうつぶやいた。彼女はエリクシア天上宮に立ち入ったことがあるが、そのときと同じような神々しさをこの場所に感じた。

 7人が全員、光に満ちた空間に立ち入った、そのとき。

「!?」

 遥か高い祭壇の上から何かが飛び立ち、亞紗たちを急襲する。7人に緊張が走る。

「なんだ!?」

 ウェイとジャレンはすばやく反応して剣を抜き放つ。

 ()()は、空中で一度旋回すると、ウェイたちの前に降り立ち、彼らの前で言い放った。

「人よ、ここは神聖な場所。軽々しく立ち入ってよい場所ではない」

 それは、人の胴に、人と同じ大きさの猛禽の鳥の頭と、背中には大きな茶褐色の翼を生やした、人影だった。腹から下は翼と同じ色の羽毛に覆われ、足首の先は鋭い鳥の爪だった。腕と胸だけが完全な人のそれで、それ以外はまるで人と鳥のあいの子のようだった。言うなれば、それは鳥の怪人といった風体だった。

 鳥の怪人は鍛えられた胸板を隠すかのように、こちらもまたよく鍛えられた腕で腕組みをして、ウェイたちにむかって警告を発する。

「速やかに立ち去るのであればよし。さもなくば、この場に7人分のはらわたが散らばることになる。私は争いを好まんのだが……」

「ちっ!あからさまに凶暴そうなツラでなにぬかしやがる!」

 ジャレンはその異形に恐れも見せず、今にも飛び掛りそうな勢いで声を張り上げる。

「はらわたをついばむには似合いのツラやで」

 ウェイもジャレンに倣い、鳥の怪人を挑発する。だが、鳥の怪人がその挑発にのってくる様子はない。

 ウェイたちと鳥の怪人が睨みあっているその間へ、シミズが割り込む。

「ちょっ……先生?」

 展開の速さについていけないホンリェがあわてて止めようとするが、それよりはやくシミズは口を開いていた。

「お久しぶりです。墓守のバードマン……」

 全員の注目が、一斉にシミズに向く。

「16年前になりますか……そのとき、幼い赤子を連れてきた者です」

 ぽつり、とシミズがつぶやく。

「はあっ!?」

 ウェイ、ジャレンは、何の話だという風に顔をしかめる。

(何をいう、この人?)

 そんなウェイたちには構わず、シミズがバードマンと呼んだ鳥の怪人が応える。

「なんと、あのときの……もう十数年にもなるか……ああ、忘れまいよ。魔法の国の客人、この翼の墓場に、翼を預けにきた者は久しくいないのだ……あなたが連れてきた、王の血を引く末姫を除いては

 鳥の顔が、小さくうなだれる。

「お察しします……」

 シミズはバードマンに慰めの言葉をかけた。

「正直、あなたとは戦わなければいけないのかと思っていたのです。あなたが16年前のことを忘れているかとも思っていましたから」

「ああ、私の梟の頭はあまりものの覚えがよくない。だが、先ほど述べたとおり、十数年前のその1度を最後に、この地へ足を踏み入れた同胞はいないのだ。忘れなどしない。ましてやそれが……」

 バードマンが、ウェイたちパーティに向けて手を差し出す。

「さあ、参られよ。貴女の翼をお返ししよう」

 進み出て、バードマンの手を取ったのは、

「待ち望んでおりました、われらが末姫」

「亞紗っ?」

 ホンリェが驚き、声を上げる。バードマンの手は、彼らの中のただ一人に差し伸べられたものだった。

 バードマンは亞紗の手を取り、祭壇を登ろうとする。が、その行く手をさえぎるものがあった。 

「おい、まちや、鳥のおっさん」

 祭壇を登る階段の前に、ウェイとジャレンが立ちはだかる。

「話がちぃっっっともみええんだけどなあ。俺らのお姫様、どうする気だよ」

 剣を突きつけるジャレンの鼻息は荒い。

「人間よ、私は人間には寛容なほうだが、話のわからん者となると別だ」

話のわからん、やと……?」

 ウェイの瞳が細く、鋭くなる。

「自分ら、まだ俺らに何も話してへんやが!話わかるわからん以前の問題や!どういうこっちゃいうてんねんこっちは!ここがどこで、あんたが何モンで、亞紗姫と教授がなんでここのこと知っとるんか、だれに聞いたら答えてくれんねん、あ!?」

「ウェイくん、待ちなさい」

 止めようと手を差し伸べたシミズの手を、亞紗がさえぎり、そして彼女は一歩進み出た。

「亞紗……姫」

 自分の前に歩み出た亞紗の顔を、ウェイは複雑な表情で見つめた。構わず、亞紗が口を開く。

「ここは翼人の墓場。翼ある者、フェザーフォルクが翼を捨てる場所です」

「……そんな場所に、姫さんが何の用があんねん……」

 亞紗がバードマンの前に進み出た時点で、ウェイは話の大筋を理解していた。ただ、すんなりと納得できる話ではなかったというだけのことだ。

 そんな非常識な話が、亞紗の口から語られる。

「私はこの翼人の墓場に預けていた翼を受け取りにきたのです」

 ウェイの心に衝撃が走る。それは、彼の仲間達も同様だったかもしれない。この次に、何かを聞くべきかと考えたが、混乱したウェイの頭は何も思いつかなかった。

 黙っているウェイを後ろで、ジャレンが声を絞り出す。

「じゃあ、亞紗姫は……フェザーフォルクってこと?」

 亞紗が、こくりとうなずく。

 ――フェザーフォルク。遠い昔に人に狩られ絶滅したといわれる、背中に翼を持った種族。ただ、それは伝承の上の話で、その存在を立証する確かなものはない。数百年という永い時を生きた何人かのエデューテが面白おかしく語った、真偽が定かではない逸話のみが伝わっている。ただ、長く生きたエデューテは変わり者が多いことで知られており、その言葉を真に受ける者は少ない。

 口上とわずかな文献でしか伝えられていない、いわば伝説上の存在である。亞紗がフェザーフォルクであると言われても、にわかに信じられようもない。

 亞紗はとうとうと語る。

「私の両親ももちろんフェザーフォルクで、だけど私が物心付く前に亡くなり、事情を知る薬師の老夫婦に拾われた。羽のある子供を普通の人の子として生活させたいと考えた両親は、旧知であるシミズの小父さまに相談した。そして、伝承にあるこの翼人の墓場を知った……私はその後、自分の出生のことは何も知らずに暮らし、そして、エリクシア宮殿へ迎えられた」

「……って、なんか……その話」

 そこに引っかかったのは、ジャレンとホンリェ。

「ちょっとまてよ……フェザーフォルクの話はともかく、その話は……」

「そう……宮下で聞かれる、私が拾われ子であるという類の噂は、ほぼ真実です」

 亞紗は道中、ウェイにだけその話をしていた。シミズは事情に通じていて当然だが、マクレーンとイエにはそれとなく話を伝えていたのかもしれない。

 亞紗は改めてウェイに向き直る。

「ウェイ、あなたには語りましたね。私が城には居場所のない、野良の姫であると。エリクシアは人の国。フェザーフォルクである私があなた達の姫であるわけがない。そう、だから野良の姫。シミズ小父様に出生のことを聞かされたときは、とても素直に受け入れることが出来たわ。私は翼を得て、野良の姫として生きる」

 亞紗は踵を返し祭壇を見上げる。バードマンが亞紗を招き、100段は下らない祭壇の階段を共に上っていった。

「あ……」

 ウェイは祭壇を上っていく2人を追いかけようとした。だが、シミズがウェイの肩をつかんで制する。

「これから行われるのはフェザーフォルクの儀式だ。人間が介入してよいものではない」

せやから、……!」

 ウェイはその場に腰を下ろし。あぐら座に座り込んだ。

 そのウェイの肩に、ジャレンが掌を置き、ウェイの横に座った。

「しゃーねえ。無理ねえ、俺らの頭じゃあ何がなんだか、てとこだもんな。まだ、何がなんだかよ」

 そういって、ホンリェを指差す。ホンリェはジャレン以上にこの展開を理解していないようだった。きょとんとした顔で、祭壇を登る亞紗の姿を見つめていた。

「……あんたらは、お姫様のこと知ってたんか?フェザーフォルクやっちゅーこととか、お家事情とか」

 ウェイは、事態を静観していたマクレーンとイエに声をかける。彼らは冷静に事態の把握だけに努めていたようにも見えるし、もしくは事情に精通していたようにも見える。

 ウェイの問いに、マクレーンが答える。

「……末姫としてエリクシアに招かれたことは知ってたよ。ぼくらは彼女と仲がよかったからね。さすがに、フェザーフォルクだなんて知らなかったけどね。そんなこと言われても信じられるわけないし……ただ」

 その先を、イエが続ける。

「こういった事態になるというのは、知っていました」

「こないことって……」

「それは……」

「うう……それにしても、お姫様がエリクシア王女の娘やなくて、しかも絶滅種の子で……国民が知ったら大騒ぎやろね

 何とか持ち直してきたホンリェが、少々遅れた話題で会話に参加する。

「だろうね。でも、それとは別に国中は大騒ぎになるだろうね」

「?」

「『城に居場所がない』『野良の姫として生きる』……」

「そう、亞紗はエリクシアには戻らない……」

 驚愕する、バスタードファクトリーの面々。

「ちょっと待て!それって洒落にならねー話じゃねえのか!?お姫様が失踪するってことだろ!おい!よくわかんねえけど、俺らの立場ってまずいんじゃねえの!?」

 一連の話が、現実感を伴った話となって彼らに降りかかった途端、ジャレンはことの重大さに気づいた。

翼を生やして城に戻ることは出来ない。亞紗がエリクシア王族の子ではないと露呈することになるからだ。亞紗が城に戻らないとなれば、彼らもエリクシアに戻ることはできない。姫を放って国に帰ったとしたら、護衛としての責任を追及されることになるだろう。エリクシアを離れたことが彼女の自由意志であると説明したところで、そのような説明が簡単に通る道理もない。

「貧乏くじだった、っつーことかよ」

「申し訳ないが、君たちには人身御供といった形になってもらうほかなかった。国の正式な魔法戦士たちはそれなりの家柄があり、それを守る者たちをつれてくるのは忍びなかった」

「ふざけるなよおっさん!俺にだって、貧しいながらも家があって、そこには父ちゃんも母ちゃんも妹もねこもいるだよ!ナナ校の戦士バカだったからよかったってのか!」

「家族のことなら心配はないと思う。亞紗は自発的な失踪という体裁をとるし、私の顔が利くと思う。国に戻って話をでっち上げる準備はしてある。君たちの家族にはおそらくエリクシアの手は回らない」

んなこといわれて、ああ助かったなんて安心できるかよ!マクレーン、イエ!おまえらはどうなんだよ!けっこーいいとこのご子息ご令嬢なんだろ!?」

 ジャレンのその問いに、マクレーンは複雑な顔をしながらゆっくりと答える。

「ぼくらははじめから、亞紗に付き合う覚悟で同行したからね」

「あ……?」

 イエが口を開く

「こういった事態になるのは知っていた……先ほどこう答えましたね。私たちはそれをある程度承知で同行しました。つまり、半ば亞紗とは同じ気持ちだったというところです」

「つまり、ぼくらも彼女とおんなじ、家出志願者だった、ってとこだね。こんな大掛かりなことでもないと家出もできないところが、ぼくらの卑小さを象徴してるみたいで恥ずかしいけど……はは」

 マクレーンが力なく笑った。

「じゃあ結局……」

 だまされたのは、バスタードファクトリーの3人だけだった。彼らは国の魔法戦士たちと違って立場がないことと、どうとでも言いくるめられ、融通が利くことを理由に、ここまで護衛の任に就かされたのだ。

「……おい、おい、ウェイ。俺たちだまされてたみたいだぜ?おい、ウェイ、おい……」

呼びかけられたウェイは、先ほどから座り込んだまま、うつむいていた。

 ジャレンがウェイに呼びかけていた、そのとき。

 祭壇の上で、黄金色の光が輝いた。

「儀式が始まったようですね。記録によると……」

 シミズの講釈も、ウェイの耳には届かなかった。

(気ぃ、許してもらえてるて思ててんけどなあ……)

 ウェイは祭壇の上を、ぐっと見上げる。船上と、宴席の後始末のときに話したことを思い出す。

『ウェイ。この旅の間だけでも、私の騎士でいてくれますか?』

 彼女の言葉は果たして、彼女の本意だっただろうか。すべてが彼女の演技だったなんて、ウェイは考えたくなかった。

(どうしてくれんねん……こんな気分)

 

 

 ズウン……

ズウン……

 

「……?」

 広いながらも密閉された空間に、重い音が響く。

「シミズ先生……この音も、儀式と関わりがあるですか?」

「…………」

 シミズはだまって、その地鳴りを聞いた。

 彼らの立ち位置から、祭壇の左手の壁の向こう。――メイズにつながった壁の向こうから、そんな音が聞こえ、そしてドゴンという、これまでの音より一際大きな、別の種の破裂音が鳴動し――石造りの壁が爆ぜた。

 大きな屋敷の扉くらいにあいた壁の穴から、3人の人影が、喚きながら走りこんでくる。

『ムヤミさんのどアホ―――――――!だからいらないものに触らないようにって普段からっ』

 旅姿の小柄なエルフ女が、喚きながら走る。

『ひゃっほう!なんかよくわからないものにはとりあえず触ってみたいという至極自然な欲求を解さないとは、これだからエルフ娘は保守的というのだ!』

 真っ黒な装束にめがねをかけた、若い魔法使い風の男がその先を走る。

『おいおい!くっちゃべってねえでさっさと走れ!追いつかれんぞ!……たくいつもいつもいつも魔力切れたとこでばっか騒ぎを起こしやがって!』

 先の2人を追うように、大剣を背負った大柄な中年男が、口調とは裏腹な楽しそうな様子で、その2人を追って走る。

 3人はウェイたちの前を素通りし、ウェイたちが入ったホールの入り口を抜けて走り去ってしまった。

「なんだ、ありゃあ……」

 慌しく走り去っていった3人組の去った背中を目で追いながら呆然とつぶやくジャレン。

 動じる様子もなく、3人が空けた風穴に目をやったのはイエ。

「……壁の向こうにもうひとつ、大きな部屋があるみたいですね。メイズにつながっているのかも。それにしても……」

 ズウン……ズウゥン。

 穴があいたせいだけではなく、その音がだんだんと大きくなっていることに、皆気づいていた。

「音、近くなってるんとちゃう?……」

 ホンリェが不安を隠しもせずに呟く

 だんだんと大きくなったその音はやがて床の振動を伴って近づき……そして、

 先ほどよりも大きな轟音が起きて、隣とここを隔てる壁が崩壊した。

 

 

 

 崩落した壁の向こうから闇を伴って現れたのは、全身を碧色のうろこに包まれた、巨大な竜だった。ずんぐりとした大きな胴から伸びた長い頸とその先にある頭は、きょろきょろと忙しなく動いた。

 竜の頭は、部屋の中央にある、自分の体と比するに足る巨大な祭壇と、その上に白く輝く“卵”を見つけた。

 碧竜は巨大な体をのろのろと――だが、頸から先を機敏に――動かし、祭壇へ近寄っていった――。

 

「――ドラゴン!?」

 ジャレンとホンリェが絶叫した。そして、この場にいた全員が驚愕に目を見開いた。

 シミズがきょろきょろと動く竜の顔を見上げながら呟く。

「……あの大きさは、古竜!?」

「古竜?」

 ジャレンの疑問にマクレーンが答える。

「古に、この世界のそこかしこに存在し、闊歩したと言われる巨竜の類だよ。その多くは、人の世界を創るために神によって封じられたといわれる……」

「あんなでかいヤツが、メイズに封じられてたってのか!」

「世界に比肩するものがないといわれるくらい、広大で巨大なメイズです。多くの伝説が眠っていたとしても不思議じゃありません」

 ジャレンたちの顔も見ず、竜の姿を捉えたまま発言したのは、イエ。彼女たちは、竜のあまりの巨大さに、距離感と危機感を図りかねていた。

 しかし、それでも竜の鎌首が欲さんとしているものが何か、彼らはようやく気づいた。

「野郎……まさか亞紗姫を狙って?って、おい!ウェイッ!」

 ウェイはジャレンが呼び止める声も聞こえなかったように、祭壇の階段を2段飛ばしで駆け上がっていった。

 長い階段を駆け上がり、あっという間に頂上に到達したウェイは、竜の頸より先に、輝く“卵”と、それに手を添えて側に立つバードマンを認識した。バードマンの鳥の表情はウェイにはよく分からなかったが、その目が碧色の竜に向いているのは明らかだった。

 ウェイはバードマンを一瞥し、剣を抜いて碧竜に向けて構え、息を弾ませながら叫んだ。

「鳥のオッサン……その卵が、亞紗姫なんか?」

 バードマンはウェイの突然の問いかけに、少しだけ間をおいて短い答えを返した。

「そうだ」

「さよか」

 竜の頭がすぐ側まで近近づく。

「人間よ。この卵の中から出でたならば、この娘はもう人の国の姫ではない」

「…………」

「それでも守るか」

 ウェイはバードマンへ振り返りもせず、呟く。

「やっぱり、考えても分からんねや。理屈と違うってわかってん。こういうんは……!」

 ウェイは胴体に比べればはるかに小さい――それでもウェイの体よりたまわりも大きい――竜の頭に剣の一撃を振り下ろした。

 だが、竜の頭は機敏に動き、首を大きくしならせて避けた。いまや祭壇のすぐ側まで近づいていた胴体を軸に、頭は大きく外へ逃げた。その頭は大きく旋回し、上へ伸びる。精一杯伸ばしたその頸は祭壇の高さよりはるかに高く上がり、そして、上方から鉄球のように振り下ろした。

「うお!?」

 勢いを伴って落ちてきた頭に反応し、ウェイは反射的に後ろへ跳んだ。思いのほかに浅かったその攻撃は、ウェイが後ろへわずかに引いただけで、たやすくかわすことが出来た。だが、先ほどまでウェイが構えていた石造りの足場は、碧竜の固い頭に砕かれ、えぐれていた。

 後ろに下がったウェイは、背中に硬いものの感触を感じた。

「あ……」

 ウェイの背中に触れたのは、亞紗の卵だった。

――自分の獲物砕かんためか……、くっそ。

頭が沸騰するような感覚を覚えた。謀らずも亞紗に身を守られた形になったのだ。不甲斐なさに身を振るわせた。

「ウェイ!」

 祭壇を駆け上り、上がってきたのは、ジャレンとホンリェ。

「ホンリェ!」

「ウェイ!あのドラゴンは卵を攻撃しねえぞ!」

「ああ。理屈は知らねーけど」

「古竜は腹に魔力溜め込むねん。翼人の卵いうんは殻の中にえらい魔力蓄えてるから、丸呑みにすんねん……」

「って、教授が

 さすがはエリクシア一の識者、とジャレンは感嘆の声を上げた。

 ドオン……!!

 碧竜の右の腹が大きな音を立てて爆ぜた。竜の頭は意識を下に向けた。

「イエたちもおっぱじめよったで!」

「こっちもやるか、ウェイ。なんせ――」

 ジャレンは卵に目をむけ、卵をぽんぽんと叩く。

「――なんせ、この卵を背にてりゃあ竜の攻撃範囲が狭まるからな」

「なん……!」

 ウェイの右手がジャレンの胸へ掴みかかる。だが、ジャレンはそれを予期していたように、右手で受け流す。

 二人の間に、すこしだけ緊迫した空気が流れた。が――

「――な〜つって、な」

「は?」

「巨トカゲ野郎のちっちぇー脳みそと我慢なんて信用できねーしな。だいいち……女の子盾にするのはうまくーな」

 ジャレンは滑らかな卵の表面を愛おしげに撫でる。

「ジャレンのどエロ」

 ホンリェが突っ込む。

「卵だっつの

 言いつつ、ジャレンとホンリェは剣を抜く。

「……ええんか?」

 ウェイは思わずふたりに問いかける。

「それは、ウェイのほうこそやで

「……それは、せやけど」

「人だろーが翼人だろーが、男だろーが女だろーが、美人だろーがそうでなかろーが……」「一緒に旅しよったもんね」

 竜の頭が再び持ち上げられる。下で応戦していた3人が部屋の隅に避難し、シミズとイエが作った魔法の結界に逃げ込んだからだ。ウェイたち3人に緊張が走る。

 ウェイたち3人の様子を黙ってみていたバードマンが、まさに別の世界の生き物を見るような表情で――それは、きっとウェイたちには分からなかっただろうが――口を開く。

「人間……というのは、みんなそうか?」

「なんがや?」

「些末なこだわりなど捨て、他の誰かを守れるのか?」

 ウェイたち3人はその問いに少しだけ考え、

「薄情なヤツも、臆面なく逃げたいって叫ぶやつも、いると思うけど」

「うん……しやけど」

 まっすぐと、碧竜の目を見据えてウェイが言う。

「俺らは見たことないで、そんな連中」

 竜の首が伸び、ウェイたち3人をけん制する。のっぺりとした平らな表情とちろちろとのぞかせる細く赤い舌は、竜というより蛇を連想させた。

 碧竜は卵を正面から守るウェイの右に位置していたジャレンに首を伸ばし、大きな口を開ける。ジャレンは大きく開けた竜の上顎を逆袈裟に切り上げた。概して、巨躯を誇る生物はどうしても動作が鈍い。その隙を付いて、ウェイも碧竜の口腔にもう一撃をくれる。

「逃がすか!」

攻撃にひるみ、反射的に引いた碧竜の首にジャレンが飛びついた。碧竜は首を振り、ジャレンを振り落とそうとするが、しっかりと抱きついたジャレンを引き剥がすには至らなかった。

碧竜は祭壇の下方でジャレンを引き剥がそうと躍起になっている。

 下界では自分たちへの攻撃が止んだのを見計らったシミズたちが再び攻撃魔法による攻撃を再開する。碧竜が大きなうめき声を上げる。

効いてるんかいな……おいホンリェ」

「はい!?」

「卵の前におれよ!俺もとりつく!」

「はあッ!?動いとる頭に取り付けるのん!?」

「しやかて……うごっ」

 急激に上に持ち上げられる力と浮遊感を感じる。

「うおあっ!」

 ウェイの体ははるか上方まで持ち上げられ、先ほどまで立っていた祭壇ではホンリェが驚いた顔でウェイを見上げていた。

 首をひねると、そこに見えたのは、

「鳥のオッサン!?」

 ウェイを抱えて飛び上がったのは、大きな翼を広げたバードマンだった。

「……竜の頸の付け根に下ろす」

「オッサン……手助けしてくれるんか?」

「同胞を守るためだ」

「……かめへん」

 バードマンは碧竜の胴体へ取り付く。碧竜の頸はジャレンとの格闘に四苦八苦しており、ウェイたちへ意識が向くことはなかった。碧竜の胴体のわずか上空でバードマンが抱えていた腕を離し、ウェイを飛び移らせた。

 ウェイは首の付け根に刃を走らせる作業にかかる。

「うおおおお!」

 

うろ覚えのエンチャント魔法で剣に魔力を付加する。鱗の隙間に剣を突き入れて鱗をはがす。露出した肉に剣をつきたてる。マクレーンたちの魔法が飛び、碧竜の巨大な尾が焦げた臭いを発し、千切れる。ジャレンが頸から頭に移り、胴体とは不相応な小さい頭に攻撃を加え続ける。

肉をそぎ、焼き、抉る。この巨大な生き物に、彼らは一歩も引いていないと思っていた。

だが、彼らが信じていなかった、いや、半ば目を逸らしていた限界が訪れた。

 

「うおっ」

 碧竜の振り回しに耐えてきたジャレンの筋力が限界に達し、振り落とされ、頸を伝って竜の背へ転げ落ちた。

「ジャレン!」

 勢いを伴って転げ落ちてきたジャレンの腕を、ウェイは剣を捨てた右手で反射的に掴んだ。勢いを殺しきれず、ウェイはジャレンとともに竜の背から転げ落ちそうになったが、竜の鱗がウェイの珪藻の鎧に引っかかりそれをおしとどめた。

あっ……!」

ウェイは右腕の筋を思い切り引っ張られて痛め、ジャレンの腕もたがわなかった。差して鋭くないものだが頑丈な竜の鱗は彼らの皮膚を切り裂き、顔や、布の下の手足に血を滲ませた。

何とか碧竜の背にとどまった彼らをにらみつけるのは……

「!!」

 己の体の上で好き勝手を働く人間を許さんとばかりに怒りに燃えた表情の、碧色の竜の眼光。竜はウェイたちに牙を剥いた。

「ちょ……」

 マクレーンたちによる魔法の攻撃による援護は少し前から止んでいた。実戦経験のない彼らの精神力は、ウェイたちの体力よりだいぶ早く疲弊の極に達していたのだ。

 竜の頭が円の字を描き、我が背中のウェイたちに牙を寄せる。胴体には不似合いな小ささでも、それでもやはり大きな口は、なるほど亞紗の卵くらいは丸呑みにすることくらい容易そうであった。

「く……」

 剣を失ったウェイは反撃することもかなわず、空いた左手を竜の顔の前にぐっと突き出すこと意外に何も出来なかった。

今にもウェイを丸呑みにせんとする碧竜――その頭に、鳥が飛びついた。

 バードマンの鋭い鉤爪が碧竜の頭に取り付き、その肉を裂いた。

 碧竜が小さく呻きを挙げる。

「鳥のオッサン!」

 だが、碧竜は取り付いたバードマンを振り払うため大きく首を振った。鉤爪が食い込んでいるため振り落とされずに済んだバードマンだが、それが災いして、背の高い祭壇へ背を強く打ち付けられた。脚が、おかしな方向へ曲がり、頭から零れ落ちた。

「オッサ……」

「ウェイ!」

 すでにウェイの手から離れたジャレンがウェイに鋭く声をかける。頭から落ちたバードマンに碧竜は興味を示さず、その頭はウェイたちへ視線を向けていた。

 エリクシアの都の壁の中で生きていれば出会うことのなかった、たくましい生き物――

「尊敬に値するで……」

 

 ウェイ……ウェイ……!

 

 祭壇の上から、声が聞こえた。

「……ホンリェ?」

 室内に声が響く。その声は、卵を守らせるために祭壇に残したホンリェのものだった。

「亞紗……亞紗がっ

 あたりに光が満ちた気がした。

 

 

 

 亞紗の卵の傍で、ホンリェは戦況を見守っていた。卵を守るように言いつけられていたが、ウェイやマクレーンたちの奮闘により、ウェイが取り付いてからは碧竜の頸がこちらへ伸びることはなかった。奮戦するウェイたちに加勢して剣を振るいたかった。

みったくないわ、あたし……」

 卵に手をやる。

「はよ、起きてや!はよ起きて、逃げよう!亞紗、あたしらみんな、あんた置いてかれへんねん!」

 呼びかける。厚い殻の、その奥まで響くように……。

 すると、

「!?」

 卵が一瞬だけ、強い熱を持ち、鈍い赤光を放った。

「亞紗……?」

 卵に呼びかけ、もう一度触れると、卵は硬い音を立て、その表面にひび割れを走らせた。

びき……きり……

一際大きな亀裂が、卵に走った。

「あ……ウェイ!ウェイッ!」

 傷ついた仲間達の希望になると思った。ホンリェは声を振り絞り、ウェイの名を呼んだ。

「ウェイ、ウェイ……!」

「ホンリェ……」

「!?」

 返事をするその声は、彼女の最も愛しい者の声ではなかった。

 だけど、最も待望していた者の声――。

「亞紗……?」

 砕けた卵の殻の上に立つその姿は、紛れもなく亞紗だが、それまでの彼女はやはり違っていた。

 これまでより一回りも大きな魔力を纏っているのが分かった。そして、着ていた白いローブの背中には……翼が現れた。

 背中に金色の光の粒子が現れると、それは骨格を成し、その骨格に同じ色の光が集まると、それは羽となり――彼女の翼となった。

 翼をはためかせ、亞紗は宙を舞った。

 

「いよいよ、新生なったか……」

 シミズが身を震わせ、空に舞う亞紗の姿を見上げる。

「亞紗姫……」

「シミズ教授……あれが」

「――亞紗の本当の姿……」

 マクレーンとイエも、神々しい亞紗の姿を見つめ、感嘆の声を漏らす。

「――あの、金色の翼は、翼持つ者の王の縁である証」

 

空を舞う亞紗の姿を、ウェイとジャレンも見つめていた。

「……すげえ」

 ジャレンがつぶやく。ウェイは、驚きに声もない。

 上空の彼女と目が合う。ウェイと目が合った瞬間、亞紗はにっこりと微笑んだ。

「…………」

 亞紗は宙に静止し、呪文を口にする。

 人の術者の力量では扱うことのかなわない呪文であったが、呪文を聞いただけではウェイたちには分からなかった。

 詠唱する亞紗の周りに、光の粒が無数に集まる。それはやがて、亞紗の翼の色と同じ輝きを放つ塊となって放たれ――

 

――碧竜の首を消し炭にした。

 

 

 

それきり、碧竜の胴体は動きを止めた。碧竜の傷口から、魔力のミストが漏れ出す。

 疲れきったウェイはゴロゴロと碧竜の胴体を転がるように降り、地を踏む。

「亞紗っ……」

 上を見上げると、亞紗はゆらゆらと舞い、ウェイの前へ降り立った。

 ウェイはまず一言、何をいっていいのかわからず、言葉になっていない単語を口から漏らす。

「亞紗……羽」

 亞紗ははにかみながら右手で左の羽に触れる。

「真っ白な、そんな羽かと思ってたんだけどね。残念」

「いや……きれいやって」

「……ありがとう」

 亞紗……!

 マクレーンたちが駆け寄る。

「亞紗!」

 息を切らせながら、亞紗の元へ駆け寄るマクレーンたち。ジャレン、そしてバードマンも。ホンリェも必死で階段から降りてきた。

 バードマンが跪き、口を開く。

「――見事な金色の翼……王の血を引く翼人の末よ……」

「王……?」

 ウェイはバードマンの言葉に呆然とする。

「なんやそれ?」

「金色の翼は王族の末の証……亞紗姫こそ、フェザーフォルクの末の姫となる御方だ」

 驚きに目を見開くウェイ。まるで腰を抜かしたみたいに、その場にしりもちをついてしまう。そのまま、体を大の字に投げ出してしまう。

「……ははっ!ほんまもんの姫様やんっ!」

 

 

 

「これから、どうしますか?」

 墓守のバードマンへ挨拶を済ませたあと、うす暗いダンジョンから、亞紗の瞬間移動の魔法で瞬時に地上へ出た。フェザーフォルク遺跡の入り口前へ立った彼らに、橙色の夕日が差した。

 亞紗の問いは、ウェイたちバスタードファクトリーの3人に向けられたものだった。

 事は済んだ。エリクシアを出奔し、フェザーフォルクの翼を取りもどした。マクレーンとイエは家出を完遂し、亞紗へ付いて旅へ出る。シミズは一連の事を誤魔化すため針のむしろとなるだろうエリクシアへ戻る。

「わたしの勝手に巻き込んでしまい、あなた方にはとても申し訳ないことをしたと思っています」

「ほんま、えらいこっちゃで」

「…………」

 向き合うウェイと亞紗。彼女はウェイの言葉に、唇をかんでうつむいた。予想できた拒絶の言葉。

 だが、ウェイが次に紡いだ言葉は、

「おかげで俺、お姫様から離れらんようになってもう

「え……?」

 ウェイは亞紗に跪いた。

「亞紗姫は俺に言うたよな。『旅が終わるまで騎士でいてくれますか?』て。これからエリクシアから逃げるために旅に出るんやろ?したら、俺もついていかんわけにはいかんや

「そんな、約束なんて……」

「『そんな約束』なんて言わんとってください」

「あ……」

 跪いたまま、腰に差した鞘を前に差し出す。

「亞紗姫に預けたままの剣です。どこへなりと、お供いたし……」

「あ――――――!うざ」

 跪いたままのウェイを、ジャレンが横から蹴倒す。

「ゲロウザ!黙って素直に『一緒に行きたい』言とけバカ!」

「テメ……」

「ま、いろいろ納得いかねー事もあったけどさ、なんとなくこれはこれでおもしれーんじゃねって思えばありかなんて。だから俺も行くよ。もうしばらくお姫様たちとの旅を楽しみたいしさ」

 そっと手を差しだし、亞紗、マクレーン、イエとも握手を交わす。

「あはは。じゃあ、またよろしくだね

「よろしくお願いします」

「ああ……ウェイもいいだよな?」

「いいけどやな……こんな簡単なのはいやや!」

「気にすんなよ

 そんな5人を少しだけ遠巻きに見て戸惑っているのは、ホンリェだった。

「え?え?ウェイがお姫様ついてったらどうなんの?お姫様と騎士ゆうたら仲良くなって結婚してまうのと違う?ええっ!?」

 一人混乱するホンリェをジャレンが耳打ちしてそっとなだめる。

「安心しろホンリェ。あっちは姫だがお前は嫁だ」

「嫁!?」

 はい、と挙手するホンリェ。

「じゃああたしも行く!ウェイの居るところやったらどこでも行くねん!」

 胸を張って誇らしげに宣言する。

 そんな6人の様子をにこにこと眺めるシミズ。

「シミズ教授」

 亞紗たちイチ校の3人はシミズの前に立ち、恩師へ短い感謝の辞を述べた。

 シミズは最後に教え子達と抱き合い、ウェイたちナナ校の3人に「亞紗を頼む」とだけいい、短い別れを済ませた。

 おそらく、もう会うこともない。

そして6人は、新しい出発を迎えた。

 

「エリクシア以外なら、どこへでも行きたいわ」

 といった彼女の、少しだけさびしそうな顔をウェイは覚えている。

 この愉しくて仕方がない旅を終えたら、だれにも知られないように翼を折りたたんでこっそりと帰ろう。

エリクシアへ。

 






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