世界に冠たる剣の大国ジュデンには、常に新しい風が吹く。

 

 

 

電光石火の速さで間合いを詰め、その豪腕から繰り出される剣で相手を凪ぐ。地に臥した相手を見下ろし、ひどく真面目な顔をして吐いた言葉がこれだった。

「それはジュデンで流行りの演芸か?」

 外国籍の新顔剣士が恐れ知らずにも大きな口を叩いたものだとジュデン国民は思ったに違いない。ジュデンの闘技場は割れんばかりの“罵声”に包まれた。

 それから後が痛快だった。その剣士はその後の試合でもこれでもかというくらいの罵声を浴びせられ続けたが、涼しい顔して4つ勝ち、ジュデントーナメントの3月20日のチャンピオンを勝ち取ったのだ。

 

 小太りのカルロは外国人剣士であるノエラのマネージャーを勤めている。マネージャーといっても、宿無しのノエラにねぐらを提供したり、使い走りをしたりが主な仕事だが、試合の前には対戦相手の性格、剣質をレクチャーしたりとそれらしいこともする。マネージメント料はファイトマネーの2割ほどだろうか。それなりに貰っている。

 カルロはジュデン国中のそこらによくいるジュデントーナメント観戦のマニアだ。のろまのカルロと呼ばれた彼に剣の才能はこれっぽっちもなかったが、闘技場まで足を運び、剣闘の試合を観戦するのは大好きだった。年の初めに発行される剣士ガイドは毎年欠かさず買うし、昨年度のオッジ(本日の)チャンピオンの名前が載る日めくりのカレンダーも買う。ジュデンに存在する剣技の流派もすべて把握しているし、部屋の壁には過去の名剣士のポスターがでかでかと貼られている。

 カルロは剣闘試合は大好きだったが、それに便乗して商売するような連中は嫌いだった。試合結果を賭けの対象にする博打屋や、本人の許しも無しに剣士の顔を描いたポスターを売りさばく連中、年末のプレイオフのチケットをぼったくり同然の高値で売りつける連中。そして、剣士付きのマネージャーだ。まったくの偏見だが、強いものに弱いものがへこへこくっついて歩くみたいな感じがカルロはたまらなく嫌いだった。弱いくせに自尊心だけは人並み以上に強いカルロは、剣士付きのマネージャーというやつが一番嫌いだった。

 皮肉なことに、カルロは彼自身が最も嫌っていた剣士のマネージャーという仕事をしている。結局、ほかに特技らしい特技もない単なるトーナメントマニアのカルロには、他に選択肢なんていくらもなかったのだ。

 カルロが何故、自身が最も忌み嫌った職に就き、飯を食っているのかといえば、それはジュデンに流れてきた、稀有の剣才を持つ流浪の剣士ノエラに心底惚れたからだというほかにない。

 カルロとノエラの出会いは今年の3月の半ば。カルロはその晩、中央通にあるスタセーラという大きな酒場で、天使の調べと評判の高い歌姫の美声に耳を傾けていた。

3度のステージを鑑賞し、いい具合に酔ったところで酒場を出ると、そこにはいかにもな顔をした、いかついチンピラのお兄ちゃんたちが3人ほどいた。ああおっかない避けて通ろうとカルロは考えたが、カルロは己の希望とは裏腹にこの手合いに好まれやすい性質で、あっという間に囲まれてしまった。

そこに現れたのが、豪腕の剣士ノエラというわけだ。ノエラは剣閃鮮やかに3人を瞬く間に蹴散らした。カルロはその剣の筋にかつてない衝撃を覚えた。これは、ジュデンにかつてなかった才能だ。なまじ闘技場に入り浸っているものだから、カルロは剣士を見る目だけは肥えていた。

カルロは黙って歩き去ろうとするノエラを捕まえてこう言った。

「僕と一緒に、ジュデン最強伝説を作りませんか!」

 

 

 

 甲冑をつける。掌に滑り止めの粉をまぶす。手に馴染んだ大剣を手にする。それだけで、ノエラの顔に凛とした輝きが宿り、戦士の顔になる。

ノエラがジュデンのトーナメントに参加するのは2回目のことだ。1度目の参加は5日前。ジュデンの水準を推し量るためだったが、あっさり優勝してしまった。世界最高水準を謳うジュデンのトーナメントとはこんなものかと、ノエラは正直拍子抜けした。

「ノエラさん。甘く見ちゃあいけませんよ。あれはあくまでもレギュラーシーズンのレベルであって、ポストシーズンの試合は遥かに苛烈なものなんだからさ」

 カルロはそう言ってノエラに釘を刺していたが、実際はどの程度のものだか。少なくともこの間の試合のレベルなら、内紛を繰り返している辺境の小国が雇う傭兵たちと実力的にそうかわりはしない。いや、実践で牙を研ぎ澄ましている分、傭兵のほうが上かもしれない。精神的な面では比較にならない。

ノエラも傭兵の出身であり、ついこの間まで大陸西部の小国に雇われていた。その国では、東に新たに国が興っては因縁をつけ、北の国の領土が欲しいといっては殴りこみ、南の国が何か企んでいると噂されれば闇討ちにいくような年がら年中戦争をしているような国で、傭兵の飯の種には困らなかった。

飯の種はともかく、常に死地を駆けまわる傭兵が、まるで演芸を披露しているかのような道場剣術を晒すジュデン飼いの剣士に劣るなどということは、ノエラには考えられなかった。

(世界最強と名高いジュデン国王も、怪しいもんだな)

 少なくともここ何十年か、このジュデンという国は戦争を経験していない。ジュデンのみではない。大国と呼ばれる諸国は、ここ数十年戦争に関与していないのだ。神に祝福された大地に住まう人間は、戦争によって得るものなど何もないと考えているのだろう。

 貧しい山村で生まれ、幼いころから傭兵稼業で食いつないできたノエラは、そのことに多少嫉みを覚える。

 ノエラは2度目のトーナメントも、狼が羊を狩るが如き圧倒的な強さで制し、3月25日のチャンピオンとなった。

 

 ノエラの3月25日チャンピオンを祝い、カルロは内輪でささやかばかりの祝宴を開いた。内輪といっても、取り巻きもおらず、カルロとノエラの二人だけしかいない。

 表通りから外れたところにある、ひっそりとした佇まいの酒場。外見には似合わず、小奇麗な内装は上品ですらあり、薄汚れたにおいのする裏通りには場違いとすら思えた。

 杯をこつんとぶつけ、乾杯をする。にこやかなカルロをよそに、ノエラの表情はまったく無愛想だ。いつものことなのでカルロは気にもせず、試合の感想だの考察だのやはり僕の見る目は正しかったノエラさんこそは最高の戦士だの、たて続けにのたまわる。

 ノエラは相槌を返すでもなくただ、酒で咽喉を潤すだけだった。

 話が次回のことに至ったところで、ノエラはようやく耳を傾けた。

「次回の参戦は今月末あたりになると思います。参戦権を残している選手が結構いるので、いま申請してもそのくらいになるでしょう」

 ノエラは参戦の手続きやもろもろはすべてか縷々野一任している。そう難しい手続きを踏むものではないが、面倒だと思えば面倒なことこの上ない。

 カルロが付け加える。

「その前に、最初の参加の時と同様に、本戦前の予選があります」

 ジュデン国に籍を持たない外国籍の選手は、トーナメント16人の枠のうち、2つある外国人枠を巡って予選を勝ち抜かなければならない。予選を1位で通過した者は、2度、本戦へ参加する権利が与えられる。これらの説明は以前カルロに聞かされていたのでノエラは知っていたし、前回参加したときも難なく勝ち抜いた。

「今回のトーナメントで怪我もしていないようですし、本当なら明日にでも参加できるんでしょうけどね」

 まったく、人ごとだと思って好き勝手を言う男だ、ノエラはそう思った。

徒手の拳闘の試合であったなら、試合後に10日から20日の休養期間が必要であっただろう。フルコンタクトの格闘試合は体中の筋肉組織を痛めつけるからだ。

しかし、獲物を用いる剣の試合は、体にそれほどダメージは残らない。蹴激を用いる戦士は少なからずいるが、徒手試合のように組み合ったりもしないし、殴られて体中に痣を作ることもない。剣の試合は、常時体をぶつけ合うことはしない。獲物が相手を捕らえれば最後、それで勝負は決まりだからだ。

だが、たとえ明日試合が行われようと、ノエラは試合に参加してのけただろう。傭兵時代は怪我をしようが毎日のように前線に送り込まれたし、戦争をしている相手はこちらの都合を考えてなどくれないからだ。

 

ささやかな宴を終え、二人はねぐらとしているアパルトマンへ戻る。ノエラと組んだ時に新しく契約した部屋である。2人が住まうには十分な広さを持っていた。

部屋に着くと、カルロはすぐにベッドに寝転んだ。しかし、なかなか寝付くことはできなかった。

(ジュデンのトーナメント史に残る戦士といっしょに、僕は夢を見ることができるんだ!)

 今になって、カルロの胸には興奮が湧き上がってきた。

自分で見出し、送り出した戦士が、2戦連続でトーナメント優勝を果たしたのだ。

初出場から連続で優勝を果たした戦士はいないわけではなかったが、ここまで圧倒的な勝利はなかったのではなかろうか。組み合わせに恵まれていたのも要因ではあろうが、それを差し引いてもノエラは強い戦士だ。4戦優勝することで得られるジュデン国民枠のリストに名を連ねることもできるだろう。

のろまのカルロは、ノエラと組むことで夢を見ることができた。

 

 柔らかいベッドは彼にとって、あまり寝心地のよくないものだった。野営地のテントの中で申し訳程度の綿が入った寝袋に包まれるほうが、よっぽど寝やすかった。それは、単に慣れていないというだけの話だったが。

 平和の証だった。フォルガ王の治世は、命続く限りジュデンに平安を約束するだろう。

 その平安が、カルロのような夢見がちな青年がここに存在することを許した。

 カルロと初めて出会ったとき、ノエラは気まぐれで彼を助けた。

カルロはのろまで、軟弱で、牙は削れて丸くなっていた。いや、はじめから牙などなかったのかもしれない。ノエラは暴漢たちよりも、そんなカルロに腹が立った。戦場ではおおよそ頼りにされない、しかし臆病ゆえに長く生き残る類の人間だった。

暴漢を蹴散らしたあとに、その頬に思い切り拳を叩きつけるつもりであった。

それが今、こんなことになっている。カルロが、熱い目で夢を語ったからだ。この国は、若者に夢を語る余裕を与える。戦場には、今生きる現実しか見えない連中ばかりだった。夢を放棄したその目は、なんと表現したらよいだろう、死んでいるといったら一番適切であろうか。

ともあれ、ノエラはカルロと手を組んだ。カルロと一緒に夢を見たいと思ってしまったからだ。

 

 

 

炎の民は別の名で戦の民とも呼ばれる。並よりも長い手足と筋肉質の体躯は高い身体能力の礎となっている。

ノエラもその例に漏れなかった。長い手足と筋肉は彼を俊敏にし、ばねのある動きを基礎に相手を翻弄し、刃を向ける。

しかし、彼の戦い方はそれだけではなかった。ジュデンのトーナメントに参加する者に炎の民の血を引く者は多い。経験に基づいた確かな技術の裏づけが、彼を強者の地位にとどまらせている。

若年の戦士は高い身体能力だけを頼りに戦う。しかし、年齢を重ねるごとに怪我や老いなどで身体能力は衰える。そうなれば、自然と体を酷使しない戦い方を学ばなければいけないというものだ。その移行に失敗した戦士は、華やかであった若き日に思いを馳せるだけの物悲しい晩年をおくることになる。

身体能力は技術を凌駕するが、技術は身体能力を凌駕する、というのはここ十何年かのジュデンのスタンダードであるが、はたして身体能力と技術を両方持ち合わせた者というのはどうだろう。

ノエラは26をわずかに過ぎたばかりの盛りの男でありながら、老練の剣士と見まごうような剣を使う。

そして、彼はその答えを証明した。3度目の参戦で3度目の優勝をさらったのである。

 

観客たちは彼に罵声を送った。罵りまくった。

今や彼は誰もが認める戦士であったし、みんなが彼のことを知っていた。この国では強い者が愛されるからだ。

しかし、観客たちは罵声を浴びせることをやめなかった。それは彼に対する彼らなりのリスペクトの形であった。罵声を背に敵を圧倒する彼を最高にクールだという連中もいた。

だから彼らは、その試合が彼を見る最後の機会だと知っていても、罵声を浴びせることをやめなかっただろう。

 

人と対峙したならば決して負けることのなかったであろう男は、階段から落ちて死んだ。

 

 

 

カルロは、ノエラのわずかばかり残ったファイトマネーで彼の墓を立てた。ささやかな墓だった。ノエラには身内が無いということを生前に聞いていた。だから、彼の遺体は自分で葬ってやることにした。

カルロの喪失感は計り知れないものだった。ノエラがいれば間違いなくカルロの夢は実現されていたのだ。

なにより、自分の夢を笑わないで聞き、それに付き合ってくれた友人を失ってしまった。たとえ、自分の話を話半分で聞いていただけだとしても。

 ノエラの墓に白い花を添える。ノエラの花の好みなどカルロは知らなかったが、墓には白い花が似つかわしいと思った。

 墓標の前で瞑目すると、ノエラは立ち上がった。彼の死から、ノエラはひとつ決めたことがあった。

 ノエラは歩き出す。腰に挿した、カルロの剣の重みを感じながら。

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