「ほんとマジで。知り合いがカミサマなんだってば」

 バーでたまたま再会した旧友が酔っぱらって言った言葉がそれである。さらに、しつこく絡んでくるものだから性質が悪い。

「お前信じてねーだろ」

「……いや、そんなことないって。ほんとに」

 にわかに信じられる話ではない。いくら神の存在が広く信じられているからといって、知り合いが神様だなんてことは。

まあ、本当にしろ嘘にしろ、ぼくにとっては「ああそうですか」といったような内容だ。ほんとうなら、貸本に悪文を書いて小銭を稼いでいるぼくのような男は、真偽はともかく飛びつくべき話なのかもしれないが。

というのも、ずいぶん昔に信教にかかわることで少しだけいやな思いをして、もともと毛の先ほどしかなかった微々たる信仰心は瞬く間に消し飛んでしまったという経緯がぼくにはあって、神様とかそういう話はどうでも良くなっていた。神様がいるのは事実としてあることなので、無神論者とはいわない。自分を称するならば、無頼論者といったところだろうか。どうもしっくりこないが。

とはいえ、久しぶりに再会した旧友に対してそんな話をしても不快にさせるだけだと考え、思いとどまった。

 そんなぼくの気遣いは彼を調子に乗せるだけだった。。

〜やお前は信じてない。……そ〜だ!そいつとあわせてやるよ!それでーだ?」

「は……」

 開いた口がふさがらなかった。なにがーだ。

「ちょっ……まった」

「いや、遠慮すんなって。神様とかってだれでも会って話してみたいもんだろ。日時は後日伝えるからさ」

 早口にまくし立てると、そいつは立ち上がり、飲み代を払って店を出た。ご丁寧にぼくの分まで余計に払って。羽振りの良いことだ。

 くそったれ。

 

 

後日、やつと同じ店で落ち合うことになった。そのときに、しっかりと神様との会談の日程を告げてくれた。てっきり酔ったうえでの与太話だと思っていたのに。仕方がないから、こちらでも一応用意していた条件を彼に提示すると(こういったところ、ぼくは実に律儀で、自分でもたまにいやになるくらいだ)、彼は快諾した。

 

 国立図書館の個室でぼくは客を待つ。エリクシア国立の魔法学校入学を目指す家が金持ちのボンボンの学生が苦学生を尻目に高い金を払って借りる勉強部屋だ。

 ノックの音が鳴り、ひょろりと背の高い男が入ってきた。

「やあ。お招きいただきありがとう」

 部屋に入ってきた男はなれなれしく僕に声をかけ、握手を求めてきた。招いたわけではない。この部屋もあいつに料金を支払わせたのだ。

 男がこの小奇麗な部屋の中を見回し、疑問を口にした。

「ところで、何でまたこんな場所で?ここに入ろうとしたら司書の方に止められちゃいましたよ」

「……いえ、せっかくの機会ですので、できれば取材という形にさせていただきたいと思いまして」

 ぼくは彼に、ぼくが貸本のライターをしていることを説明した。

「おお、それはすばらしいですね。よろしくお願いしますよ」

 しかし彼は、ぼくの予想に反して乗り気のようだった。

「……はい。では、お願いします」

 ぼくはかばんからメモ帳を取り出した。一応、いくつかの質問を用意してきたのだ。こういうまじめに過ぎるところがぼくの悪いところでもある。そもそもこんな約束など放っておけばよかったのだが。

「でははじめに……あなたは神様ですか?」

「ええ」

 笑顔で答える男。

「こういう場合、まずは名前を尋ねるものではないのですか?」

 それはもちろんだが、ぼくにとってはどうでもいい席なのだ。だがそういうわけにもいかず、一応名前を尋ねた。彼は快く名乗ってくれたが、ぼくはこの会談が終わる頃には忘れてしまっていた。

 質問を続ける。

「人の中に混じって生きているとのことですが」

「そうですね」

「どういった理由でそういった生活を?」

「人やドワーフやエルフだって同じかと思いますが、人の中で生きたい者とそうでないものがいます。私は前者なのですが」

「なるほど。ところであなたに信者はいますか?」

「残念ながら。私は名の知られた神じゃないので」

「あなたは何を司る神様なのですか?」

「特に、何も。だけど、あなた方を屈服させるだけの力は持っていると思います」

「そうすると、あなたは日々そうやって人を見下しながら生きているわけですか?」

「そんなことはありません。私の神の部分の意識は普段は眠っていて、私自身すっかり忘れているのです。時折、何かの拍子でこうやって目覚めますが、人の私と神の私は同じであって同じではありません」

「興味深いお話ですね」

 もちろん嘘だ。悪いが気の触れた男の話にしか思えない。目の前の男が全くの常識人にしか見えないのが、かえってそう思わせる。

「じゃああなたがたは、その力を持って人の地に棲み、人を見守っているというわけですね」

「そういうわけでもありません。私はこの町が気に入って棲んでいるだけです。神の多くは私に似て気まぐれですから。あなたは神と言うとどのようなイメージを持っていますか?」

「どのような……ですか?いや、どこか超然とした、というか」

「あなた方が神、と呼んでいる者たちはいわゆる人格神でしてね。人とそう変わりはしません。ただ、強い魔法と長寿を誇るだけの存在……と、私は認識しています」

「認識?あなた自身のことではないのですか?」

「あなたがこの世界に生れ落ちたときのことを知らないように、またはあなたがこの世界で知らない物事があるように、私も多くのことを知りません。火の神や水の神がそれぞれ不完全であるように、私もまた完全ではありません」

「なるほど。完全というものが存在することを信じることや、それを有するのが神であると信じることは妄信だということですか?」

「私はそう思いますね」

「話は戻りますが、神が人格を持った存在であると言うなら、邪悪な神様も存在すると言うことですか?」

「そういう存在は、魔と呼ばれます」

「魔?」

「魔、マラナ。神に関する逸話……いわゆる神話において神に退治される存在のことですよ」

「……ああ」

 もちろん、ぼくは神話など熟読したことはない。

「……でも、あなたの言い方からすると、魔も神と同じ存在という風に聞こえますが」

「ええ。彼らと我々は兄弟ですからね」

「兄弟?」

「ええ。遥か昔に袂を別った兄弟です」

「そうですか」

「ここ、結構驚くべきところですよ?」

「いや、……まあ。そうでしょうけど」

 頭を描き、メモを取る手を置く。もう言ってしまっても差し支えないだろう。すでに、真面目な顔を維持して聞くには耐えない。

「私自身は、その、神様とかそういうのは結構、どうでもいい人間でして……」

「それは、自身の崇める神以外の存在は信じないと言う意味で、ですか?」

「いえ、全般的に」

「いわゆる無神論者と言うやつですか」

「恥ずかしながら」

 無頼論者、なんていうのは気恥ずかしい。

「それは珍しいですね。ご苦労も多いでしょう」

「いえ、まあ」

「それでしたら、私の話などは退屈で仕方ないでしょう。申し訳ないことをしました」

「いえ、なかなかに面白い話を聞かせていただきまして」

 別の意味で。

「ではまあ、この部屋の貸し出し時間も圧していますので、このへんで……」

 これは本当のことだ。そう長い間拘束されたくなかったので、ほんの数十分だけの契約にしたのだ。金を払っているのは自分ではないので料金の心配なかったのだが。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。今日は楽しかったですよ。機会がありましたらまた」

「はい」

 2度と機会などあるまい。彼の話はぼくの認識を改めるほどのものではなかった。

 

 

 

 あの会談からしばらくして、ぼくは同じ店であいつと鉢合わせてしまった。わざわざカウンターのぼくの隣に座るが、露骨に逃げるわけにもいかないので仕方なしに笑顔で応じた。またぼくの飲み代を払ってくれるかもしれないといういやらしい打算も多少はあったのだが。

 例の“神様”の話でもふられるのかと思ったが、そのことについてなにを話すでもない。逆にぼくのほうが気になって、ついその神様のことを話題に上げてしまった。

「あのさ、このあいだの“神様”どうしてる?」

「神様……?ああ、あいつか」

そいつはくっくっ、と笑い、愉快そうに言った。

「聞けよ。このあいだセコ盗みをやってさ、多分今頃拘置所じゃねえ?」

「なんだそれ」

 そいつは、今度はにやりと笑い、

「あいつが前に言ってたことがあったよ。“人の世に長く居すぎた神は人に身を堕とす”ってさ。なんだかなぁ、って思ってよ」

 ぼくはその神にというより、隣のこの男に呆れた。

「……お前、その神様を信望してたんじゃないの?あれだけ熱心にぼくに勧めといて」

「なんで?」

「あっそ……」

 結局、こいつが一番自分勝手で、こいつの中の神様ブームが過ぎていっただけのことなのだろう。もしくは、あの“神様”をダシに笑い話が出来る相手がほしかったのかもしれない。あの自称“神様”が本物であれ偽者であれ(本物だなんていわれてもぼくは断じて信じないが)、この男にとってはどうでも良いことだったに違いない。

「面白かっただろ、実際。いいから呑めよ。奢ってやるから」

「そりゃあ、どうも」

 何も文句はないさ。ぼくの飲み代を払ってくれるのなら。

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