年齢の割には大柄な体を丸め、赤い刀身の剣を抱いて、チャンスは壁にもたれていた。だだっ広い乾燥帯の荒野に出来た要塞型の大砦の2階。石造りの壁はチャンスの背中を心地よく冷す。

「小僧」

 自分のことだと思い、チャンスはもたれていた顔を小さく上げた。ここでは小僧だという自覚はある。

 そこにいたのは、黒々とした口ひげを蓄えた、細身の男。無駄な肉と、一部の必要な肉までもそぎとったかと思えるほどの細身。短く刈り込んだ黒髪に、褐色の肌は精悍な印象を与える。

 ひげの男が口を開く。

「良い成果を挙げているようだな。いいぞ、豚喰いは出来る限り殺せ。人と魔物の棲み分けは明確にしなくてはいかん。……いや、それだけでは不十分だ。危険の芽があるものはすべて摘まねばならん。そう思うだろう?」

 チャンスは何も答えなかった。ただ、この男が信じる神はどのカミサマだったか、そんことを考えていた。チャンスは確かに聞いたことがあったのだが、忘れてしまっていた。

チャンス自身は、水だとか火だとか、自分が信仰する神を選んだことがない。彼が信じるのは、自分の腹の中に棲む神さまだけだ。だけどその神は、彼に何の指針も与えてはくれない。彼のモラルは神に依存しない。

彼のことがその大柄な見た目に反して多少不安定に見えるとすれば、おそらくそのことに原因があるのだろう。

 ひげの男が続ける。

「貴様は最も多くの魔物を屠った一人だ。私は強い者が好きだ。だがな、大局を見れぬ奴は好まん」

 男はチャンスの頭に、ぐい、と手を置き、浅黒く焼けた顔を鼻息がかかる近さまで持ってきた。

「貴様は強い。その若さでは稀なくらいに強い。だが、大局を知らん。お前は目の前の巨竜を屠ることが出来るだろうが、先を、先を見ることはできん。竜殺しの英雄にはなれても、人の上に立つ器ではない。私の、人を見る目だけは確かだ。これだけで生き延びてきたからな」

 両の目をぎょろりと見開いて、かさかさの指を突きつけてきた。顔は、どこまでも真顔。

 男は顔を離し、踵を返してブーツの音をかつかつとさせて歩いていった。

 去ってゆく男の背中をにらみつけ、心の中で悪態をついた。

(人の上に立つような器の奴が、世界中ぶらぶらしてるもんか)

 

 

 

村に程近い砦の、その南に広がる荒野には、無数の魔物の巣がある。ずっと広がった赤茶けた大地のあちこちに、ぽっかりと黒い口を開けている。その穴のひとつひとつには、それぞれ5,6匹の竜が棲んでいる。

その竜の姿は全体的に丸くずんぐりとした体型で、体の大きさは灰色熊ほど。トカゲを平べったくして大きく膨らませたような姿といえる。

もっとも特徴的なのは、大きく開いた真赤な口。豚一頭くらいなら丸呑みに出来ることから、その竜はピッグイーターと呼ばれている。

ピッグイーターは人の村に現れては、家畜や人を食い荒らしていく。

だが、村人たちがその土地を離れることはなかった。村に広がる農園の下地が、他に比類を見ないほどの肥沃な大地だったからだ。農学者にして「大地の神の加護を受けた大地」といわしめ、土地を大きく疲弊させる根菜を栽培してもやせ細ることはなかった。この村に広がる農園は東の大陸でも有数の規模で、村全体でかなりの利益を上げていた。ピッグイーターの被害を恐れず農作に挑む姿は、まるでゴールドラッシュに沸く鉱夫たちのようであった。

彼らは余りある資金力を武器に、傭兵を雇ってピッグイーターに対抗した。傭兵の多くはこの村を通り道にする冒険者で、彼らもよい路銀稼ぎになるので積極的に参加した。冒険者達は村に定住する戦士たちによって作成された組織図に一定の期間組み込まれ、ピッグイーターを退治する。そして、多額の報酬を得てまた旅立っていくのだ。

 チャンスは多くの冒険者に倣い、この傭兵隊への参加を決めた。手っ取り早く金になる、というのはもちろんだが、他の冒険者の力量がどんなものかを確かめたかったのだ。金を稼ぐだけなら畑の手伝いでもしていればいい。連れのJTとユーネは住み込みでトウモロコシの収穫を手伝っている。

 

「チャンス」

 呼ぶ声に振り返ると、傭兵仲間の姿があった。すらりと伸びた長身は、大柄なチャンスの頭をも越える。涼しげで整った面立ちに、肩までかかる銀髪がよく似合っていた。軽装が主流の昨今の風潮に逆行するように、薄板の全身鎧を身につけている。腰には、青い刀身の片刃剣を、鞘に収めずに革紐で吊っていた。

名前を、ヴァンガンディという。歳は26歳とのことだ。

「砦で将軍に何か言われたのか?」

 将軍、というのは、彼ら傭兵隊を統率する現地の戦士で、先ほどチャンスに絡んだ口ひげの男である。チャンスたちが入ったときも、名前は名乗らなかった。だれが呼んだか、将軍と言う呼び名だけが伝わっている。

「……別に、なにも」

 チャンスはぶっきらぼうに答える。さして面白い話ではない。

「つまらねえ話さね。のう、チャンス」

「そう、そう」

 新たに聞こえてきた二つの声。ひとつは男、もうひとつは女の声。

「ボンジー、チグリ」

 ヴァンガンディに名を呼ばれた、男のほうは大分小柄で、隣にいる女と同じくらいの背丈。反りあげた頭には、後頭部から左の頬にかけて、黒い獅子のような獣を意匠化した彫り物を入れている。腰に差すのは、少々大振りの鉈。歳はヴァンガンディと同じく26らしいが、彼よりは2つ3つ上のようにも見える。

 もう一方、女の方は切れ長の細い目と艶のある黒髪が目を引く。歳は19だという。なんでも西の大陸出身で、魔法王国エリクシアからの移民ということだ(冒険者なので移民も何もないが)。彼女自身はほとんど魔法を使えないらしい。

彼女も例に漏れず、武器を帯びていた。彼女の獲物は、ヴァンガンディの長身よりさらに長い、槍。

ふたりとも、チャンス、ヴァンガンディと同じく、傭兵として雇われた冒険者である。そして、4人は同じ小隊に属する仲間でもある。

「ひっひ。性格は破綻してやがるが、人を見る目は確からしいぜ。雇った傭兵の適正と実力を的確に見究める目と手駒の絶妙な配置は定評があるってことだ」

 見た目が破綻している異形者のボンジーが言う。どうやら、チャンスと隊長のやり取りを目撃していたようだ。

「なんでも、ジュデン王国軍から誘いがあって、それを蹴っちまったってゆうじゃねえか」

「噂でしょ、噂。見た限り、剣の筋もいいほうじゃないしね」

 剣を使えないやつって好まれないでしょ、この国では。チグリが皮肉っぽい笑みを浮かべながら否定する。ヴァンガンディは将軍を擁護するように言う。

「だが、彼が20年もの間、この地で傭兵たちの指揮を取っていたということは確かな事実だ」

「ひっひ。どうでもいいことさね」

 チャンスの肩に腕を回し、笑んで、言う。

「のう、チャンスよう。人の上に立つなんて面倒なだけさね」

「めんどーとかじゃねーよ。どーでもいいんだって……」

「ひひ。めんこいやつだわさ」

 チャンスと比べて一回りも年齢の違う男のである。チャンスの言動の一つ一つは、彼らにとっては子供の強がりにしか聞こえないだろう。実際、ただの強がりでしかないのだが。

彼らが話し入っていたところで、声をかける者があった。

「お前ら、だべってねえで臨戦態勢につけよ!」

 声をかけたのは、チャンスたちの小隊の小隊長を務めている、村在住の中年戦士。チャンスは名前も知らなかった。

「もうあぶり出しにかかってるんだからな!心構えして待っていろ!」

 ほかの小隊の連中が、人なら3人並んで入れるほどのほら穴の前で火を起こし、火のついた薪を穴の中に放り込むなどしている。

「ちぇっ。なんだい、あたしらのおかげで傭兵大隊の中でも鼻を高くしていられるってのにさ」

「ひっひ。まあいいじゃねえかよ。おい、もっと火を焚けよ!燻りだせ!」

 高圧的なボンジーの言葉に、火を焚いていた男がむっとした顔をした。彼は下男ではない。ボンジーやチャンスたちと立場を同じくする冒険者である。だが、彼の表情には同時に畏れの色も見えた。

「出たぞー!」

 別の誰かが大声で叫ぶ。

 洞穴から、ピッグイーターが現れたのだ。

 数は、6匹。

「よし、こっちの4人で1匹ずつ相手する!2小隊はうちの小隊長と一緒に残り2匹をつぶせ!」

 ヴァンガンディはそう叫ぶや、青い刀身の片刃剣を握り締め、それを一匹のピッグイーターに投げつけた。

 宙を舞う刃は勢いをつけてくるくると回転すると、やがて青白い炎を纏い……そして、その刀身は青白い炎と化した。

青白い炎はピッグイーターの一匹に命中し、火柱を上げる。火柱はピッグイーターを包んだ。魔獣は人には発音できない音で叫び声をあげる。

 その間に、ボンジー、チャンス、そしてチグリが別のピッグイーターに踊りかかる。

「ヴァンガンディのバカが!火を見て竜が興奮してるじゃねえか!」

 といいつつ、口元では笑みを浮かべるボンジー。並々ならぬ速さでピッグイーターに躍りかかる。ボンジーは勢いのままに、ピッグイーターの、一番硬いうろこに覆われている正中線に沿った背中に、鉈を叩きつける。黒光りする肉厚の刃は、竜のうろこをまるで苦にもせずに砕き、その下の肉を裂いた。明らかに普通の武器の威力ではない。魔剣だった。

「ひゃはっ」

痛みに鈍いビッグイーターだが、普段うろこに護られている箇所に不意の痛みを感じ、さすがにうめき声を上げる。だが、剣に比べて刀身の短い鉈のこと、いくら背中への一撃とて単発でしとめられはしない。ボンジーは2手、3手と連続で鉈を叩きつける。それを、ピッグイーターが死ぬまで、まるで単純作業のように続けた。

 他方、チグリもピッグイーターと対峙していた。一瞬にして狩場の空気になった周囲の雰囲気に、ピッグイーターは興奮し、鼻息も荒い。そんな魔獣とかなりの距離を置いて向き合うチグリ。

 ピッグイーターが突進をかける。チグリは悠然と槍を構え、そして、間合いの外、遥か前方のピッグイーターに向けて、突いた。

 すると、チグリの槍がものすごい勢いで伸び、高速に乗った刃がピッグイーターの口腔に進入した。その刃はピッグイーターの背中を破り、串刺しにした。

 彼らが3匹を屠るのと同時に、チャンスも1匹のピッグイーターを倒していた。

 

 その後、彼らは別のピッグイーターを相手にしていた傭兵達に加勢し、6匹すべてを屠った。

 

 

 

 砦に戻った彼らは、他の傭兵達とともに宴を開いた。襲撃した巣は5つ、合計で28匹のピッグイーターを倒した。そのうち15匹は、チャンスたちの隊がつぶした。

 1日で28匹という戦果は、ここ数年では最高の数字だ。

 村の守りを担う守備隊を含めて30余名。そして彼らの話題に上るのは、圧倒的な力を見せつけたひとつの小隊のことだ。

「とんでもねえ。奴らは一人で一匹ずつ相手にしてやがるんだ……」

 その小隊は、今期の参加者のなかで抜きんでた戦果を上げている4人で構成された第1小隊のことである。

 ヴァンガンディ、ボンジー、チグリ、チャンス。彼らは4人で、30余名の傭兵隊の全戦果の半分以上を独占していた。通常、2人から3人で1匹を倒すのだが、第1小隊の面々は一人で1匹を倒すので、そもそも“数え方”が違う。

 彼らは4人ともが魔剣使いであることから、他の傭兵達からは魔剣四天王と呼ばれていた。

「ひゃはは!ひと暴れした後の酒ってのはうめえわ!」

 酒をのどに流しこむと、杯を高々と上げ大声を上げるボンジー。横に座っていたチグリは、案外醒めていた。

「と、いっても。さすがに余韻は残ってないけどね」

「そうかぁ?ひひ、女ってのは醒めてやがるからな」

「女とか関係ないじゃない。ヴァンガンディは?」

「そうだな。結構昂ぶっているけど」

「見えないね。でも、最年少のこの若者の落ち着きぶりはもっとすごいけど」

 チグリはチャンスを指差す。

「俺?いや、俺は……」

「一番昂ぶっているよ、だろ?」

「そー、かも。けっこう」

「男は野蛮にできてるんだよ」

 自嘲的にヴァンガンディが笑い、杯をあおる。チグリはチャンスを見て、

「うっそ。繊細な野ウサギみたいって思ってたんだけど」

「ひゃっは!野ウサギか?このでかい小僧が!だいたい、野ウサギは繊細か?よくみるとおっかない顔してるでよ、あれ」

「エリクシアのウサギは繊細なのよ」

「はーっ!エリクシア生まれならやくざだって繊細だろうよ!おめえをのぞきゃあな」

「だから東の大陸(こっち)にいるのよ」

「なるほどな!」

 チグリの冗談に、みんなが声を上げて笑う。

 

 

 

 酔い覚ましのつもりで、チャンスは砦の外へ出た。外といっても、砦内の螺旋階段を上がった頂上にある見張り塔だ。チャンスはここに上ったことがない。上る用事がなかったからだ。契約期間もまもなく満了となるため、こういう風に気が向いたときでないと、もう登る機会がないかもしれないと考えたからだ。のぼったところで夜の闇が荒野の景色を覆い隠しているだろうということまでは、酔ったチャンスの埒外だった。

 しかも、頂上には先客がいた。

「……あ」

 見張り台の床に座っていたのは、酒の瓶を抱えたひげの男、将軍だった。

 チャンスは、軽く酔いが醒めた心地だった。

「……お邪魔しました」

 と言って立ち去ろうとしたチャンスを、将軍は不思議な呼び名で呼んだ。

「火の小僧か」

「……火の?」

 それをチャンスは、自分の獲物が炎の魔剣だからだと理解した。

「火の小僧。貴様の人生は火のように荒ぶるものになるだろう。風に吹かれ業火のように燃え盛るときも、風にあおられ蝋燭の火のように弱まるときもある」

「そんなもん……」

 不意に話しかけられて立ち去る機会を逸したチャンスは、仕方なくその場に腰を据えた。どうせ今夜を最後に、もうじっくりと話す機会はないだろう。チャンスの任期はもうすぐ終わる。

「そんなもん、誰だって同じでしょ。激しく燃えるときもありゃあ、くすぶってるときもある。若造の言うことですけど」

「ふん。そのとおりだな」

「案外、言ってること適当なんじゃないすか?」

「貴様の人生も例に漏れず火のようだ、とすれば、嘘でもあるまい」

「屁理屈じゃん」

「そうかもしれんな」

 将軍も、だいぶ酔っているのかもしれないとチャンスは思った。先日のようなとげとげしさは、今は感じられなかった。それどころか、こころなしか浮かれているようにも見える。

 この人の言うことがおおよそ正しいのを、チャンスは理解していた。人を見る目が正しいということについては、特に。チャンスたち“魔剣四天王”はあの配置で大いに戦果を上げているし、チャンスたちには及ばないながらも他の隊も戦果を挙げている。その間の村や隊への被害は、神の視座でもなければと防げはしないだろう、といった類のものばかりで、彼の責による被害らしい被害はない。彼は、傭兵の過剰評価も、過大評価もしないのだ。いや、傭兵たちの実力を完全に把握していること自体、神の視座といえるかもしれないが。

 きっとこの火との言うとおり、俺は大物に離れないんだろうな。そう、チャンスは思った。

「傭兵隊は楽しかったか?」

「?……ああ、毎日、結構楽しかったよ」

「そうか……」

 

轟、轟、轟……。

 

「……なんだ?」

 外が、砦の南が、轟音をたてる。

 その音をまるで心地の良い音楽を聞いているかのように恍惚と聞く将軍。

「なんだよ……この音」

「豚喰いどもはな、人の知らぬ周期で大繁殖期を迎える。ひと塊になれば、巨大な邪竜のうねりに見えるほどにな」

「大、繁殖……?」

 チャンスは立ち上がって見張り台のふちに取り付き、南に広がる荒野を見渡した。

 深い闇夜にも認識できる、蠢くものの存在。

 背筋に悪寒が走った。

「や、っべ……、やべえだろ!将軍さん!おい!」

 将軍は、闇夜のピッグイーターに眼を向けるでなく、暗く染まった天を見上げて、まるでぼんやりとつぶやく。

「火の小僧……いいことを教えておいてやる。世界のあちらこちらには無数の神が棲んでいる。街の中に。城の中に。人里はなれた山の奥に。エルフやドワーフの里に。人にまぎれて大勢の神が棲んでいる。人や、他の種族のふりをして。あるものは神である優越感を感じながら、あるものは人を生ぬるく見守りながら……」

「おい!おっさん!」

 チャンスは、この非常事態にこの男の脳みそがついていけず、混乱をきたしているのだと思った。恍惚とした笑顔で星もない闇夜を見上げるその顔は、正気の人間のそれではない。

 だが、それだけではなかった。将軍はうすぼんやりとした紫色の光をその身に纏っていた。その姿に、チャンスは身震いを覚える。

「もうひとつ教えておいてやる。神と同じだけの数の魔が、人の中にまぎれて生活している。神よりも巧みに人の中に溶け込んで、人を破滅させる最適の時期を待っている……いくつかの抜け道を残した遊戯の準備をして待つ……」

 チャンスは火を纏った炎の魔剣を一振りし、目の前の人ならざる者を一閃した。将軍と呼ばれた()は、一瞬にして紫色の霧となって散った。

 あたりに、魔の声が響く。

『愚かにも、幾度となく滅ぼされた人間ども。私は次の時もこの地に降り立ち、豚喰いに貪り食われる人間どもの姿をどこからか眺めることだろうよ。死なぬこの身の飽けぬ楽しみは、唯一それだけだからな』

「うるせえッ!」

 炎の魔剣を振り回し、あたりを火の粉で照らすと、やがて魔の声は聞こえなくなった。

 それに反し、豚喰いの奔流はどんどん大きくなる。

「…………」

 いろいろことを考える前に、チャンスは雄々しい叫び声をひとつ、高らかにあげて見張り台の螺旋階段を駆け下りた。

 

 

 

 緑色の背中を闇色に染めた竜の群れが地響きを鳴らし、砦めがけて突進してくる。その数は、砦の冒険者達が目にしたすべての数を明らかに上回っていた。赤茶けた地肌も暗緑色の背中に覆われ、肌を隠す。

 砦の中にいた冒険者たちは、利口な者と臆病な者は逃げ、酒に弱い者は起き上がれず、そして、それ以外の連中は戦った。だが、

 まず勇気のある一人が喰われ、責任感の強いもう一人は踏み殺されたのちに喰われ、流されるままに死地に赴いた優柔不断な棍使いは4匹によってたかって喰われた。

 もとより圧倒的な数の差。砦にいたすべての戦士の数を倍した以上の数だ。2人から3人でやっと一匹を倒すのがやっと、という怪物を相手に、数の優位を頼りにも出来ない

 健闘したのはチャンスと、冷静に連携を組んで1匹1匹を撃退していった、チャンスが名前も知らない何人かの戦士たちだった。チャンスの同僚であった第一小隊の姿は見えない。喰われて竜の腹の中だったら姿も見えない。優秀な戦士である彼らのこと、うまく姿を隠したかもしれない。だけど、そんなことを気にかける余裕はチャンスには微塵もなかった。

 彼らの集中力は極限まで高まっていた。途中からは単なる単純作業のようにピッグイーターを屠り、彼らの契約期間で彼らが仕留めたのと同じ以上の数を屠った。攻めてきたうちの4割くらいを葬っただろうか、まったく驚異的なことだった。

 やがて、彼らの集中力は限界を超えた。徒党を組んで戦っていた戦士の一人が蹴躓づいて倒れ、頭を食われた。彼らの予想外の健闘で危うく保たれていた均衡の糸が、ぷつりと切れた。即興の戦陣はくずれ、つけ込むようにピッグイーターが殺到した。

 周囲を見る余裕もなく孤立して戦っていたチャンスも、戦況が変わったのを敏感に読み取った。

 

だが、どうにもできなかった。

 

 

 

 頭がぼんやりとしていた。やがて、まぶたが自然と、緩やかに開いていった。

 死んだと思ったが、死んではいなかった。

 周囲は真っ白な火で焼かれた。豚喰いの竜を巻き込んで。散った仲間たちの、火葬の火ともなった。

「……………………アホらし」

  チャンスは、熱気と、焦げた臭いに包まれた大地に仰向けに寝そべっていた。

 一歩も動ける気がしなかった。ピッグイーターを相手にした疲労よりも、追いかけても追いつくことのできない圧倒的な力に対して脱力したのかもしれない。

「うまく密集していたおかげで、一撃ですんだわ。助かった……」

そばに、ふわり、と誰かが舞い降りた。そんな現れ方が出来る人影など、何人もいない。

チャンスの旅の連れの一人である、魔術師のユーネ。その体には、魔術師の血が流れている。左の腕に巻かれた布の下には、彼女の魔性を隠すためのタトゥーが彫られている。

「ご苦労様。いい仕事をしたわ。おかげで村のほうは家畜数頭の犠牲ですんだし」

「…………なあ」

「?」

チャンスはユーネに顔も向けず、まるで天に語りかけるように、呟いた。

「……この世界ってさ、お前らみたいな魔とかカミサマがとかが、自分たちのために作ったんじゃねーかって、思うんだよ」

 それっきり、口をつぐんだ。いろんなことが頭に浮かんだ。それらをすべて口にしたかったが、それをする元気はチャンスにはなかった。落ちそうなまぶたを支え、まっすぐに天をみつめるだけだ。

 そのチャンスをユーネは、「またおかしなこと考えて」とでもいいたそうな怪訝そうな顔で顔でみつめ、口を開く。

「わたしは、世界なんて作った覚えはないけど。わたしのお母さんもきっと、ね」

「……ああ?」

「あなたもやきがまわったものね。あなたが生きてるなら、あなたにとってのこの世界はあなたのものでしょ。……本当なら、チャンスのせりふだと思うけど」

「…………」

「なによ」

「……なんでもねえよ」

 ぐい、と上体を持ち上げ、のろのろと立ち上がり、村のほうへ体を向ける。一度だけユーネに向き直り、

「この借りは必ず……」

「借りなんてないわよ。わたしたちが村を守った、それだけ」

「…………」

「仲間でしょ。他に何か?」

 チャンスは余力を持って、大声で叫んだ。

「助けてくれて、ありがとうございましたッ!」

「うん」

 ユーネはにっこりと笑って、

「それなら、どういたしまして」 

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